略伝 岡田味噌醤油
瀬戸内海周防大島(現山口県周防大島町)久賀の農家出身の初代当主岡田信一(おかだのぶいち)は十代前半より、江戸期から醤油醸造が盛んであった柳井等、主に山口県山陽方面の醤油蔵に於いて蔵人を生業としていた。 大正五年(1916年)十九歳の時分、萩町(現在の萩市)に移住し、浜崎の田中醤油(当主 田中専介)の元に身を置くも、時は第一次世界大戦末期。大正八年にシベリア出兵に徴兵。無事帰還後、同じく浜崎に移を構え、浜崎の萩醤油に勤める。
昭和八年三月、萩町土原前町筋にて岡田醤油工場として独立、創業した。
しかしながら日米戦争中は已む無く事業継続を断念。戦時中は萩町渡り口筋、谷口醤油に勤め生計を起てていたのだと云う。
信一の息子、真一(しんいち)は戦後満州から二十一年に帰還後、信一と共に醤油蔵を再開。その後、味噌の醸造も手がけるようになった。
当時の萩には醤油蔵が二十数軒、味噌蔵が五軒程あったと云う。因みに現在の萩市には醤油屋七軒、味噌屋二軒が営業している。
昭和二十九年、岡田味噌醤油有限会社設立。
現在も創業の地、萩市土原にて事業を展開中。
マルオカ味噌醤油醸造元として「味で奉仕します」をモットーに杜氏、蔵人、店員一同精進する日々である。
創業者 岡田信一 昭和三十年代
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